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★愛に還る(目覚める為の)「こだまなくらし」BBS★ サイト・動画・ブログを見て聞いてください 覚醒が目的のシェアリングの場です


セドナメソッドを使って観念を手放す過程

1:よしだ :

2012/08/06 (Mon) 12:25:37

前は自分のブログとかに一人で日記みたいに書いていたのですが、シェアリングということでここに自分の思いや体験談を書かせてもらいます。もし問題があれば管理謝さま、そう言ってください。
紹介していただいたセドナメソッドを読んでいますが、私が具体的な手放し方法について言及したら、この本を紹介していただいて、これほど今の自分に合ってると感じたものはありませんでした。腐るほど手放し方が書いていて、オポノポノやザ・マネーゲームから
脱出の法のプロセスよりも、観念手放しに特化していると感じました。紹介していただいたタイミングがあまりにも的確で、こだまさんとたまえさんの感覚に唖然とするほどです。しかしそれも幻想で、本当は自分がやっているということですが悔しいながら
その実感は分かず、他人にしか思えませんのはさておき。

ボールペンを強く握りしめるように感情にしがみつき一体化してしまった状態から、まずはそれを感じ、受け入れ、徐々に一体化した状態からはがしていき、手のひらでボールペンを転がすような状態にしていき、最後にパッと手放すように感情も手放すと。
全ての問題はそうした、感情・観念にしがみついていたのが問題で、そういう現実が創造されてきたと。実際、これを試したら気持ちよくてそのまま寝てしまったりしました。こだまさんの言われる愛に還すとは、こういうことかと納得した次第です。
ありがとうございます。
2:よしだ :

2012/08/06 (Mon) 12:38:05

いつも合流する場所で常識的にある程度は入れてあげてますが、あまりにもズルい割り込みかたをしてきたやつがいて、いつもの自分ならその完璧と思えるような常識に照らし合わせてありえないと怒るだけでした。しかしセドナメソッドを知った今、それを手放す事を試みました。その車はハザードをして感謝を示していましたが、まぁそれで特になにかあったわけではありませんが、色々と日々を過ごすなかで分かったのは、生きていてなるべく不快に感じる幻想に出会いたくないのが自分の望みだなと。批判や罵倒をされて喜ぶ人はそういないように。私は田舎に篭って2.5アールくらいの畑を耕しているんですが、孤独なのが最近寂しくなってきました。猫を飼いたいと思ったら目の前に猫をあげるという情報が1日後くらいに現れたのはさておき、こうして自然の中にいて動物の鳴き声などを聴いてると、人間も同じだと思いました。この前、サービスエリアで椅子に座って飲み物を楽しんでいたんですが、そこに大勢の人々がいきかっていて、自分をいたわり、他人をいたわるようになった自分はふと、その光景が動物の普遍的な自然な行為と同じように見えました。人間も動物も同じだと。私はその人間が怖くて、あまり人と関わらず生きるようになっていきましたが、その結果は良いことも悪いこともなくなってしまうなと。セドナメソッドを知った今、自分が不快に感じることは手放していき、人と関わっていったほうがいいかなと思えてきました。
3:こだま :

2012/08/06 (Mon) 12:41:11

素晴らしいスレッドを立ちあげていただき感謝します。
「シェアリング」こそ、「めちゃすごアイテム」と書いたところで、
よしださんのこのスレッド・・・本当に嬉しいです。

私も以前のことを思いだしながら、何かあれば書かせてもらいたいと思います。
お互いに「別々であるかのような」分離幻想のオリジナル性から、
醸し出される豊潤があると良いですね。
4:よしだ :

2012/08/06 (Mon) 18:19:32

なのでブログに一人で書いたりしていたんですが、とりあえずここに日々の事を書かせていただきます。
観念・感情は否定せずに受け止めるのが大切である、という知識がやっと府に落ちてきた最近です。そうすると
他の方のブログや動画などでも、種明かしのようにそういう幻影をチラホラみかけます。私は人見知りが激しく、
ここ最近の対人関係に嫌気がさしていて、否定ばかりをしていました。

セドナメソッドにかかれてある、無気力という分類の感情に悩まされてきました。愛に還すワークと同じように、
たくさんの言葉が本にかかれています。「自分には価値がない」といったような観念。他人と接して、否定され
た時に感じる感情。私はそれが嫌で嫌で仕方ありませんでした。そして否定し、いつまでも自分のなかに留まって
来たことも知らずに生きてきました。否定されるという現実の幻影は、自分自身を大切にしていない示唆だと
気づきました。

私は特に働いていたときに、自分の価値のなさを痛感しました。私は27歳までは非正規雇用で働いていて
給料も悪くなかったんですが、社会や人に見下されているという思いが日に日に強くなっていきました。
そして怒りが爆発して、28歳にドロップアウトしました。その時にすでにスピリチュアルは広がってきており
それを知るタイミングだったようですが、見過ごしてしまい32歳の時からようやく勉強し始めていきました。

なので、お金に対する執着が凄いです。こだまさんのブログを見て、イエスがパンを手のひらから作り出す
ような部分を見て、うんうんそうだと思っていました。マネーゲームから脱出の法も同じことを指摘しています。
良い就職をして働いてお金を稼がない限り、自分は無価値だ、というような観念を持っています。良い就職
でなければ奴隷みたいなもので社会の歯車にされて苦しむばかり。シェアリングということで正直に書きます。

だからこうして農業したり他の道を模索してきたんですが、貯金が本当に尽きてきてしまって今月で危ないです。
富士の樹海に行くシナリオも一応、作りました。親にバレずに迷惑かけずにする方法を。私はこの体験の世界で
色々体験してきて、感謝は本当にしております。できればこの先も体験をしていきたいと思っていますが、
不可能な場合の心構えもしてある現状です。昨日も秋冬の大根の為に防虫ネットを大量に買ってきました。
今月で死ぬかもしれないというのに。そうして死ぬかもしれないにせよ、最後まで諦めない所までは自分を持ってきました。

これほどお金が尽きたのは人生で初めてなんです。普通に考えたら死ぬと思います。でも、死なないと決めれば死なないという。
ついでにいえば、賃金労働をしなくても豊かに生きることができると決めれば、そうなる。私は節約が大好きで
いかに効率よく買い物したりするか結構やってきましたが、それはそうした制限のある世界だからこその体験だと
気づきました。お金が有限だと思うからこそ、できた体験。それは振りかえると、楽しい体験だったです。
でも、最近はそれに飽きました。なぜなら、お金が有限だというのが幻想であり観念だとわかったからです。
それに楽しいと同時に悩みでもあり、もう脱却したいのです。だから、マネーゲームから脱出なのです。
今まで信じてきたお金の仕組みがすべてぶっ壊れて自分の好きなようにできるなら、それはワクワクすることです。


5:たまえ :

2012/08/07 (Tue) 00:29:09

よしださん

>今まで信じてきたお金の仕組みがすべてぶっ壊れて
>自分の好きなようにできるなら、それはワクワクすることです。

おおおおおお
素晴らしい!!!


セドナ本、買われたんですね!!
解り易くて良いですよねセドナ本^^
気に入って貰えて嬉しいです☆
ボールペンがコロコロコロ〜と転がる♪♪

これからもよしださんの書き込み
読ませて頂きますね^^
沢山書いてくれて本当に有難う御座います!
6:よしだ :

2012/08/07 (Tue) 21:38:41

>>たまえさん
この前、生活保護について紹介してもらいましたが、どうせなら何でも自由なはずの世界で、無限の富を決定したいものです。
現に、いろんな情報を集めていると、人々は生まれ、集合意識のようなものから常識を信じこみ、その価値観に沿って
生きてる人がほとんどですが、そこから脱却を試みてる人がどんどん増えているようなんで。

日記
宝くじ外れる。当たると決めても、当たらない。どうもクジ運に見放されているとしか思えない。紹介されたセドナの本で、ちょうど自分ピッタリなページに遭遇して驚いた。P109になるが、抵抗を両側から解放するという項目だ。手に入れたいと思っていることにも有効とある。で、お金を手に入れたい事に対する抵抗と、ひとりぼっちでいる事に対する抵抗、とあった。この抵抗を解放すれば、嬉しい驚きを感じるでしょう、とある。まさに今の自分のテーマで、本を読み進めたらいきなり目の前に飛び込んできて驚いた。
本当にお金に困っていて、宝くじも外れこのままだと8月中に死ぬな、と思っていた矢先に、こだまさんのブログエントリーを見ると、 あなたを生きて という歌が紹介されていた。今の自分にぴったりな歌だと思った。前にもそういうことがあった。ハローワーク経由で2社応募して、書類で落とされて落ち込んで活動をやめたら、リクルートからメールが来て、多くの人が何社もうけて落ちて自分だけがこうなってると落ち込んでたりする、という励ましのメッセージが偶然きた。そういうメール自体がリクルートが送ってくること自体が今までになく、そしてそれ以降もなくなり、その偶然性を不思議に思った。リクルートに登録していたが、そこ経由で応募したわけでないのに。
いい歌だと思ったが、金がなければ死ぬしかないんですけど、という返事。それはともかく、どうも、本当にこの世界には自分しかいなくて、こだまさんという存在もまた自分の中で起きている幻影に思えてきた。もちろん、普通に見たらそうは絶対に思えないほど完璧に別人のように存在しているようになっているが、初めてそういう思いがわいた。
今日は農作業を8時間初めてやれた。そのあとに筋トレ。しかし今日ほど疲れない無尽蔵のような体力を感じたことはなかった。せっかくこれほどやれるのに、もったいないという気もするが、いくら悟りに近くても、近いだけで到達していなかったら、どうにもならないので仕方ない。去年から今年にかけてバイトをちょこちょこしてたが、同じ数時間でも、やはり自分のやりたいことに時間を使うのは楽しい。もちろん、楽ではない。でも楽しんでやれる。1度きりの人生で、いやいや嫌な仕事をするのではなく、自分のやりたいことをやっていけると決定して生きていきたい。

歌で思い出したが、2日前に夢で魂に響く歌声を聞いた。まるで自分が別次元にいるようだった。そして、魂に響くっていうのはこんなにも気持ちいいものか、と夢の中で思った。そして、そこから去ろうとしたとき、同時に目が覚めた。この慣れ親しんだ次元とは別の次元があるような気がしてる。ああいう感動ができる生活をしたいものだ。

7:よしだ :

2012/08/08 (Wed) 18:57:01

今日は死にたい病に浸ってなにもできなかった。努力ばかりしていると確かにそれを達成するのは楽しいんだが、
楽しいことがないとたまに息が詰まってくる。例えば、朝5時に起きて5時間農作業して、昼から9時間勤務、という
労働スタイルも想定したりしてる。できないことはない、それで生きられないことはない。でも、心の奥底で、
本当にそれでいいのか?という思いがストップさせる。7年前、規則正しく生きていたときも楽しみが少なくて
心がロボットのようになっていく感じがして、はじけていった。

今の望みは、新しい生き方をしたい。楽しみがほしい。労働マゾは楽しくない。

セドナを読み進めると、執着を手放す点についてかかれていて、なるほどと思った。執着するのではなく、既にもってるかのように、
という定義を知っていたがピンとこなかったが、これを読んで、恐らくは執着は執着している状態を創造するから、
手放した方がいい、とやっとわかった。ずっと執着を手放す理由がわからずきたが、初めてふに落ちた。

生きることに物凄く執着してる。安定。ともかくこれを手放す必要がありそうだ。あと、「見つめると消える」という
情報も前から知っていたが、理解できなかったが、セドナを始めてわかってきた。重いネガティブな感情は確かに
それをじっと見つめると、消えていくことがある。エックハルト・トールが言っていたのは、この事だったのだ。

しかし、お金がなくなって死ぬ恐怖は確かにそれに浸って見つめると一時的に消えるが、現実問題としてお金が
なく死ぬという事は変わっていない気がする。まだワークが足りないせいか。なんによせ、20年に近く抑圧された
思考で生きてくると、もうこれ以上は拷問でしかなく、これ以上続くなら死んだ方がマシという思いが強い。
なぜ、生まれてきヘドが出るようなホログラムばかり見続けなければならないのか?もうウンザリだ。
8:たまえ :

2012/08/08 (Wed) 21:53:21

>>よしださん

(。・ω・)ノ゙ こんばんは♪

>どうせなら何でも自由なはずの世界で、無限の富を決定したいものです。

よしださんが望んでらっしゃるならそれで良いと思います!
しかしながら現在はお金に困っておられるとの事。
それならば無限の富を決定しつつ
同時に生活保護を受けるという事もアリかと思います。
よしださん的にはこの二つは同時には決定出来ない事なのでしょうか?
お答え頂けたら嬉しいです^^

【生活保護法】第一章 総則 より抜粋
「国が生活に困窮するすべての国民に対し、その困窮の程度に応じ、
必要な保護を行い、その最低限度の生活を保障するとともに、
その自立を助長することを目的とする。」

よしださんは働いて税金を収めてきたわけですし
国が法律で国民の生活を保障すると決めているのですから
お金が無い時は保護を受けるのもアリだと思うの。
(どうしても国から保護受けるのが嫌なら仕方無いけどね)
ただ死を待つのも良いけど
まずは保護を受けて死を先延ばしにしても良いのでは?
と私は思ったので生活保護を紹介しました^^
セドナにも「問題を先延ばしにする」事を許す話が書いてあったかと思います。
本は貸してしまったので手元になくて何ページか解らなくてすみません^^;

「死」はありません。
ですが「死」があると思う人には確実に「死」はあります。

よしださんが「死は無い」という事に気づけば
「お金がないから死ぬ」という恐れは完全に消えるでしょうね。
何があろうと死なないんですから
お金があろうがなかろうが死にませんよ(笑)

もし御時間あったら
「死」とは何か?
という事をお聞かせ下さい。
9:たまえ :

2012/08/08 (Wed) 22:45:47

あと・・・

宝くじの話が出てきたので
私も宝くじの話をさせて貰いますね〜

私は宝くじを買うのが好きなのです^^
それはなぜか。
当選者の方が喜んでくれるからです。
宝くじは絶対に誰かが当たるんですよ。
その誰かは分離した「私」。
要するに「私」はいつも宝くじに当たってるんですよ(笑)
すごいでしょ?!
毎回毎回当たるのよ〜
楽しいです本当に。
買わなくても楽しいけど、買って参加するともっと楽しい。
「たまえ」の支払ったお金で喜ぶ人が居る。
これって凄く幸せな気分なの。
誰かを幸せに出来てるって実感する瞬間(笑)
たったいくらか支払うだけで超楽しい。
だから毎回ではないけど気が向くと宝くじに参加するの。
面白いから。


お金の話します。
私はあんまりお金儲けが上手くはありません。
倹約も苦手(笑)
稼ぎは・・・今はなし。
働くのは旦那に任せっきり。
そんな「働かざる者食うべからず」な人です(笑)
働いてない事を苦にしてた時もありました。
働かなきゃダメだって考えてた時もありました。

でも最近変わりました。
こだまさんとお話するようになって
「分離は幻想」「我々は一つ」
と心から思えるようになったらお金についても
今までと全く違う捉え方をするようになりました。

この世界に存在する「お金」は
全て自分のものなんだなと心から思えるのです。
○○銀行にあるお金、全て自分のものよ(笑)
無限の富を一瞬にして手にしたという感じ。
「でも自分が自由に使えないじゃん」
と言われそうですが・・・確かにそうです(笑)
私はこう考えてます。
「私のお金を皆に分け与えたのだ」と。
私は自分が必要な分だけで良い。
巨万の富なんてあっても使いきれないもん(笑)
だから私は私が使う分だけで良い。
沢山は要らないよ。
その日その日に必要な分があればそれで良い。
皆で使って!好きに使って!
そう思ってます^^
沢山の人にお金を分け与えるのってとっても良い気分。
私はいつもその良い気分に浸ってるよ。
以前から「お金持ちだったら何したい?」
と質問されるとこう答えてた

「何でも良いから研究とかしてる人に寄付したい」

お金を増やす為に投資するのではなくて
研究を応援したい気持ちがあるんです。
何でも良いんだけど、今だと風力発電とかね。

よくよく考えたら
「たまえ」は確かにお金持ちではないが
誰かが研究費を出してくれてるなら
その誰かは実は「私」なんだなと思ったの。
あぁ、何も「たまえ」がやらなくても
それで良いんだなと思った。
お金は誰のものでもないのよ。
使う人が使えば良いんだよね。
そう思ったらお金集めに興味なくなってしまった。
老いて病気になる事を想定してお金を集めると
必ず老いて病気になって金を使う事になる。
ならば病気にならないと始めから決めていれば良いわけよ。
「今必要なお金がある」
という事に私は感謝してる。
そして私を支えてくれる人に感謝してます。

無限の富は私のもの
そう心から思ってます(笑)
10:よしだ :

2012/08/09 (Thu) 10:44:00

>>たまえさん

どうも目の前に、「生活保護を受けてもいい」というサインのようなホログラムがちらちら出現しています。
私は生活保護を受けるのが恥ずかしいと思って生きてきました。実際、去年はバイトしながら基金訓練という
お金をもらえる職業訓練を受けていましたが、ハローワークで担当の人に見下された対応をされた気がしました。
でも、よくよく考えると思い過ごしだったようですが、なんにせよ人にどう思われるか気になる、という部分
が強かったです。その結果が現実に反映されていた、というのが真実のような気がしています。まさか、
そんな結論だったとは夢にも思わず。まさに、自分の最大の敵は自分。

セドナを読み進めると、予期せぬ出来事として宝くじにあたったり、お金をもらったりということもありえるから
、そういう事も受け入れられる状態にしておいた方がいいというような記述がありました。私としては
宝くじにあたるホログラムをつくりたかったんですが、結果は購入金額の1/10が返ってくるいつものパターンでした。
私は5月からそういうのを期待してやってきたんですが、うまくいかず行き詰まってきてしまいました。

死ですが、死とは確かに考えてみると、漠然としたものですね。死とは、いかに死ぬか?ということだと思いました。
死ぬにせよ迷惑がかからないようにするには樹海にいくしかないと思い、そこで自然のなかでゆっくり死ぬか、
車の中で二酸化炭素中毒で死ぬか。しかし、それは自分の決定なんですね。そう死ぬと決めれば死ぬ。
それはわかるんです。じゃあ死なない決定をすれば死なないのか?・・・そんなバカな。金がなくなったら
死ぬに決まってる。ホームレスはゴメン、苦しい。。。やはり死しかないじゃん、という思い。

どうせなら、セドナ的に制限をとっぱらって自由に生きたいです。この世界は本来、自分の好きなように描ける
はず・・・素晴らしいのに、そうでないなんてもったいない、という思い。

たまえさんのお金についての考え方はすごいですね。私は足りないものばかりに焦点がいっているというのに。
私風にいえば、お金への執着を手放せば、形は違えどそうして執着していない状態になるんだと思っています。
セドナを読んでると、明らかに現実に対するアプローチの仕方が、今まで常識とされていた仕方と違い、
現実を創造主として創造してる感じですので、最後の追い込みでこの手法に真剣に取り組みます。
11:たまえ :

2012/08/09 (Thu) 11:54:07

>>よしださん

お答え下さり有難う!

>「生活保護を受けてもいい」というサインのようなホログラムがちらちら出現しています。

そうですか!そうですか!
そういうサインを感じとっているんですね^^
なるほど、よしださんは
「恥ずかしい」と思っていたんですか。
その気持ち、とっても解ります。
私も職業訓練に通った経験ありますので。。。

>自分の最大の敵は自分

本当その通りですよね〜
同感です!
私も自分が一番の敵でした(笑)

状況的にはとっても違うんですが「旦那に食わせて貰ってる」
というのは生活保護を受けてる気持ちに似てるんです。
彼に依存してる自分を許せなかったんです以前は。
結婚前は働いて稼ぎまくってましたけど今は働いてなくて
肩身の狭い思いでいっぱいでした。
自分が働いてさえいればこんな思いはしないはずだ
早く仕事に復帰しなきゃ
子育てが大変でも皆子育てしながら頑張って働いてるじゃないか
私も早く仕事みつけなきゃ
そんな風に考えていました。
「仕事してない」「働いてない」で生きている自分を許せなかったわけです。
でもこの抵抗を手放しました。
「何もしないでも自分は良い」
まずはそこに落ち着きました。
でもよくよく考えると私は何もしていないわけじゃないし
かつて働いて旦那を助けた経験もあったのです。
(彼には借金がかなりあったので 笑)
以前に助けたから良いんだと開き直ってるわけではありません。
旦那に生活させて貰ってる事にただ感謝して
自分の持っていた働かない事への罪悪感を手放したのです。
今は子育てに集中したいから働かないという選択をした
そんな自分を許しました。
今は以前よりずっと旦那に感謝しています^^
「肩身の狭い思い」は状況が変わらなくても
手放しただけでなくなりました。
なのでよしださんも「抵抗」を手放せるなら
私は仲間として嬉しいです!
お金もらいながら職業訓練受けた仲間ですもの。
きっと手放せると私は信じています。

宝くじに当たったなら、それはそれで良いじゃないですか(笑)
「誰にも迷惑かけたくない」から宝くじを当てよう
と思っていたのかしら。
だとしたら「迷惑をかける」現実が先に来るかもね。
先に、とうか強力に望んでるのは「誰にも迷惑かけたくない」だもの。
神には否定は存在しない。
「迷惑をかけたくない」と望む事は
「迷惑をかけたい」と神に変換されてしまいます。
よしださんの望みはかなってるんです本当は。
でもね
本当は「迷惑をかける」存在など居ないのです。
よしださんは常に昔から今も迷惑なんて誰にもかけてないんです。
「お前のせいで迷惑かけられた」
と言われた事があるかもしれませんが
それはそのセリフを言った本人が自分に向かって言ってるだけなのです。
よしださんに言ってるわけじゃないんです。
だからホログラムに騙されてはいけないんですよ。
自分がどう思うか、は他人が決める事は出来ないんです。
ですから安心して下さい。
誰もよしださんを迷惑だなどと思ってません。
今までも、そしてこれから何をしようともです。
好きな事をして良いんです。
生活保護を受けるも受けないも自由なんですよ〜
12:たまえ :

2012/08/09 (Thu) 12:31:20

>死とは、いかに死ぬか?ということだと思いました。

おおおお☆
全く予想外のお答えでした〜
そうでしたか
よしださんがよく「死ぬ」と書いてるのは
「いかに死ぬか」という意味だったんですね。
なるほど。
どうりで話が噛み合わないはずだわ(笑)

私はですね
今はもう「死」はないと知ってますが
以前は「死」があると思ってました。
その時思っていた「死」とは

「肉体機能が停止した状態」

又、別の視点から表現すると

「魂が肉体から完全に離れた状態」

と定義してました。
いかに死ぬかが「死」とは思った事なかったです御免^^;

でね
私は学生の頃しょっちゅう魂が身体から離れる人でして
いわゆる幽体離脱だったのかなと今は思うんですが
当時は良く解らずでして。
身体から離れる瞬間は轟音がして
確かに気分の良いものではありませんでしたが
怖くはないし痛くもないんだよね。
転んで膝すりむいたり、小指を机の角にぶつける方が
よっぽど痛いし嫌な事だよ^^;

もし
「魂が肉体から完全に離れた状態」を皆さんが「死」と言うならば
「死」は怖いもんではないと私は断言出来る。
これは単に私が慣れっこだからかもしれないけどね。
でも本当よ。
轟音を抜けたら肉体の制限がなくなる分楽だしね(笑)

よしださんが魂のヒビキを感じる歌声を聞いたところが
よしださんのふるさとなんだと私は思ったよ。
あの夢の時のよしださんが本来のよしださん。
そして実はいつでもよしださんはあの夢の状態なんだけど
それを自分で認めてないだけ。
「私はこういう人間です」という枠を意識的に又無意識に作ってて
それにハマってるだけ。
というかハメて見てるだけ。
だから要らない衣を脱いでいけば良い。
一気に全部脱がなくても良いのだ(笑)
気がついたところから脱ぐ。
その脱ぐのがセドナで言うところの「手放し」であり
サークルの言う「愛に還す」であるわけですよ。
ホログラムがないと自分の要らない衣に気がつけないでしょ?
だから「鏡」であるホログラムは大事なんですよ^^
しがみついてるモノを手放す。
それだけで良い。
それをやり続けるだけで本来の自分が少しずつ顔をだすよ。
余裕が出来ると色々見えてくる。
今のよしださんはちょっと前のよしださんとは別人のようですよ!
でもずっとよしださんなんだよね。
ご自分では気がつかないと思いますが
とても変化しているように私は思います^^

「いかに死ぬか」というのは
「いかに生きるか」と同じだと思うよ^^
よしださんはよしださんらしく生きていると思う。
これからもお話聞かせて下さい!
いつも有難う^^
13:よしだ :

2012/08/09 (Thu) 21:49:47

>>またえさん

ご丁寧なレスありがとうございます。たまえさんのレスを見たら、生活保護より働く気が起きてきました。
生活保護は恥ずかしいと書きましたが、やはり一理はあると思うんです。健康なのに、働かないなんて、
この世に何をしにきたのか?と。今日も農作業をしてたら、電力会社の定期点検が来て、その人が前の店員よしだ
同様に、なんか不器用な人でした。それでもああして頑張ってる。私は人間関係が苦手で、それを卑下
し、そして逃げて、どんどん人に対して恐怖が増していきました。せっかく人として生まれたのに、
同じ人とコミュニケーションを楽しめない。不自然なことだと自分でずっと思ってきました。たまえさんの前向きな姿勢を見て、
私も無限の富が実際に手にはいっていない状態だとしても、まぁいいか、と思えた部分がありました。
いちおう、セドナにもあるように、どういう風になりたいか具体的に文章にまとめつつあります。

朝5ー9時くらいまでは農作業をしたいので、勤務時間は11、12ー20、21時くらいの勤務がいいな。
残業は月10ー15時間程度で、ないに越したことはない。年間休日は最低110日欲しい。
年収は300万くらいあればとりあえず満足で、その後はその時の気分で決めていく。

こんな感じで。こうやって書く事が大切のようなんで。自分の具体的なイメージがなく、いままで生きてきた結果、
自分が決定していない現実や、なーんもないような人生って感じになったような気がしていますんで。
しかし、こうやって書くと心の声が響くんです。「そんな都合のいい求人があるわけねーだろ」と。
つまり、豊かさに対する制限と同様に、自分で制限を作っているわけですね。その結果がホログラムに現れていたと。
そうとは知らずホログラムに力があると思って、それに屈してきたと。全く、最初から真相を教えて欲しかった、という気分ですが、
ゲームをスタートした瞬間にゴールしても仕方ないということなのでしょう。

死については他の場所でも聞いたらにたような返事がきています。つまり、仮に死んでも大丈夫だよ、と。
でも上記に書いたようにせっかく肉体をもって生まれてきたのだから、死についてはまぁ納得したんで
あとはセドナとか現実をいきる事に集中します。

働かない事に対する解放についての話は、ケースが違えど手放す、という点で全く同じだと思いました。
手放せるか、手放せないか。とりあえずは働く前提ですが、いずれその辺も手放すことになるかもしれません。
ありがとうございます。

とりあえず、私は人にバカにされたり見下されるのが怖くて仕方なく、そしていままでどう対応したらいいか
わからず疲れてきましたが、これからはセドナでそのネガティブを味わって、手放していこうと思います。

14:たまえ :

2012/08/10 (Fri) 00:03:01

>>よしださん

よしださんこそいつも丁寧にお返事有難うです!

まずは

>働かない事に対する解放についての話は、
>ケースが違えど手放す、という点で全く同じだと思いました。

解ってくれて本当に嬉しいです!
手放すという意味では同じですよね!!
有難う御座います、本当に嬉しいです^^

おおおお
よしださん!!
働く気が起きてきたのならそれはそれで素晴らしい事ですよ^^
「働かなきゃいけない」から働くのではなく
自らの意思で「働きたい」と思える事が素晴らしいと思います!
そう思えるのでしたら何も言う事はないす(笑)
応援してます!!
でももし今後何かしらあってお金に困る事があれば
遠慮なく生活保護を受けるという選択肢もアリという事で(笑)
働こうと思ううちは生活保護は考えないで良いもんね。
私は嬉しいです^^

具体的なイメージ書いてるんですか!
良いじゃないですか〜
やりたい事を中心に考えて良いと思います^^
それに
>その後はその時の気分で決めていく。
という最後の言葉が良い!!
よしださんがとっても良い感じなんだなというのが
伝わりますよ〜

私はよしださんが望む求人が
きっとあると信じます。

>「そんな都合のいい求人があるわけねーだろ」

これ手放しちゃいましょうよ(笑)
セドナに書いてあったかどうか忘れちゃいましたが
その思いや感情を手放した方が良いのかどうかの指針は
「不快」か「心地よい」かで判断すると良いすよ〜
源の響きである感情は必ず心地良いのです。
「不快」な感情は源の響きではありません。
だから「不快」な感情は手放してしまって良いんです。
よしださんがご自分で書いた文章ですが
もう一度読んでみて下さい

>「そんな都合のいい求人があるわけねーだろ」

これ読んで「不快」ですか?
それとも「心地良い」ですか?
もし「不快」ならそれは源の響きではないという事です。
要するに「その考えは間違っている」とよしださん自身が感じている
という事です。
なので「不快」なら手放せますよ^^
手放して「自分に都合の良い仕事は必ずある」
と知る状態で居てほしいです^^

>最初から真相を教えて欲しかった、という気分です

わははははは
本当そうだよね〜
でも遅いって事はないから^^
今からでも十分楽しめるよ。
それにね
ゴールはないんだよ(笑)
無限に拡大してるんだよ本当に。
だから終わりはないので永遠に楽しめるのです〜
とはいえ
ゴールを設定して楽しむ派の方もいらっしゃいますからね。
都度ゴールと仮定したければそれもアリかもね^^
よしださんの好きに想像(創造)して下さい!

>せっかく肉体をもって生まれてきたのだから、
>死についてはまぁ納得したんで
>あとはセドナとか現実をいきる事に集中します。

そうですよ!そうですよ!
せっかく今ここに肉体を持って生きているのですから
その有難い恵みに感謝して生きる喜びを
共に歌っていきましょうよ^^
「現実をいきる事に集中します」
これはとってもパワフルな言葉で良いですね☆

>とりあえず、私は人にバカにされたり見下されるのが怖くて仕方なく、
>そしていままでどう対応したらいいかわからず疲れてきましたが、
>これからはセドナでそのネガティブを味わって、手放していこうと思います。

これは素晴らしいですね!!
おっしゃる通り!!
ネガティブ(恐れ)を恐れず味わう。
そうです!そうなんですよ!
ネガティブ(恐れ)を恐る事はないんです!!
バシャールさんはこう言ってます

http://www.youtube.com/watch?v=300Ruj49OIk&feature=related

「恐れていても大丈夫!」

よしださんはこの境地に立っておられるのだと思います。
とっても良い感じ!!
素敵なお話聞かせてくれて有難う御座います!!
15:白井亨 :

2012/08/11 (Sat) 04:28:30

よしださん、はじめまして。
白井と申します。

私の体験では、感情と現実を膠着させているとなかなかうまくゆきません。
そうではなく、感情を、直截に、手放すんです。
感情だけを見てください。
現実は意識の映し絵ですので、一旦置いておくんです。

リリースするときは、対象の感情を意識でしっかりとキャッチするとうまく行きます。
ほら!いま!感じているそれ!
この気持ち!
ああ、この気持ちか・・・

キャッチするとそれだけで感情は変容します。
感情をしっかりとキャッチし、ホールドし、感じていると変容しようとします。
手放す?の問いはこのときにやるとサクッと手放せます。
ゴミを捨てるとき、ゴミを一旦手に取らないとゴミ箱に入れることは出来ません。
キーワードは「キャッチ&リリース」です。

誰もが知っている良い歌があるんです。
この歌は真理の歌です。
是非聴いてみてください。

http://www.youtube.com/watch?v=d-diB65scQU
http://fendior.blog85.fc2.com/blog-entry-1147.html
16:よしだ :

2012/08/11 (Sat) 08:45:46

いつでも生活保護を受けられるように、そして肝試しではないが体験として相談に行ってきた。
やはりそういう場所にいくと、自分の思い込みというか、「生活保護を頼る情けない自分と、それを聞く場」という
関係から萎縮感があり、担当の人を前にするとちゃんと目を合わせられなかった。しかし
話してるうちに堂々とできるようになっていったら、相手の反応も明るくなっていった。
しかし、内容としては5月まで実家にいて生活できていたのなら、そこに戻るべき、というスタンスだった。
親も高齢で頼れないといってもダメだった。今就職活動をしていて、農業をしながらで、
本当に今月にお金が尽きるというのに、とにかく実家に帰るべきということだった。派遣切りとか、そういう
人ならわかるが、とのこと。でも、自分も05年まで働いていて嫌なことがあって働けなくなって
数年引きこもり状態で2010年から復帰し始めて職業訓練やバイトを受けてきた、と説明してもダメだった。
実家で就職活動すべきと。つまり、土地がたくさんある田舎のこっちに来て農業をやってる、ということは
全く考慮されなかった。
生活保護に頼る気は今は減っていたが、ああして断られるとへこんだというか、悶々とした気持ちを抱えた。
「あぁ、神は金が尽きたら俺に死んでいいとゴーサインを出したんですね」と、吹っ切れた部分もあった。
やれることをやってダメならば、諦めもつくというものだから。

今朝になって、断られたことに対して怒りがまとまってきた。つまり、この国の官僚は自分達の失政のつけを
ああして消費税増税でまかなおうとし、デフレ下に増税というキチガイ沙汰を平然とする一方で、
お金に困ってる人間をああして、いったい何のために仕事をしているのか?というような感じで
ああして相談に来ても追い返すスタンス。そして農業を1年以上やってきてかなり価値を感じていたが、
それを平然と辞めろといってしまう一律な行政態度。悩み苦しんだ末にたどり着き、そして努力して
やってきたのに。それに対してかなり怒りを感じた。いったいこの国の政治・経済は本当になんなのかと。

そして、今までなら外側の世界に対してただ怒ったり、我慢するしかなかったが、こうしてまとまった怒りに対して、
手放すという事をするのが、これからの時代の生きかと。
17:よしだ :

2012/08/11 (Sat) 09:02:43

バシャールの動画みました。少し前にはわからなかったことが、今はわかるようになってきました。
ネガティブな状況は逃げるのではなく、受け入れるのが真の解決法だとわかります。

最近思うんですが、私にとっての他人とはなんなのか、ということです。
いま、滋賀県のいじめの問題がクローズアップされてるのが象徴的だと思いますが、
私はいじめというか、学校という狭い空間に入れられ、そこで合わない人間と無理矢理
居続けさせられ、その結果他人の顔色をうかがうような人間になってしまいました。
小中で歪むと、それを一生引きづります。
でも、今思うのは自分にとって合わない人間の多い空間だったが、
それはそういう他人が強固に存在するというより、自分を大切にしていなかった
反映の結果のバージョンの人間たちだった、という気がしています。

顔色をうかがうというが、そもそも伺う時点で自分を大切にしていない。
しかし、弱い子供の頃は守ってくれる人がいないと、本来の自分を見失いやすいものだと思います。
20年後の今、時代は大きく変わり、子供がそういった閉塞的な空間で被害にあいにくくなっています。
本来、教育がしっかりしているなら、あるがままでいいんだよ、と教えることができ、
そういう環境で育てば、心の傷を引きずることもありません。私も今の時代に生まれれば、
そういう苦労をしなくて済んだ、という思いがあります。まぁ手放していけばいいんですけれど。

話がそれましたが、私は仕事以外は人と交流がほとんどないような人生を生きてきて、まいってしまったのが7年前ですが、
生活保護相談もそうですが、いままで抱いていた他人に対する恐怖の視点ではなく、
他人を観察していると、言葉にしづらいんですが他人とは不思議なものだという感覚です。
なんか、最近ほんとうに、実在しない、ホログラムのように見えるんです、町の人々の風景が。
で、それに対してどういう意味付けをするのは自分次第。恐怖を前提にすればそうなるし、もしかしたらその逆も、みたいな事を思いました。
18:よしだ :

2012/08/11 (Sat) 09:52:03



はじめまして。具体的な手放す方法を模索しているので、すごく参考になりました。そうなんです、感情と変えたいことが
ごっちゃになっていたというか、まだセドナ読んでる途中で自分のなかでカオス状態です。そんなときに、ありがたい
アドバイスでした。ほんと不思議なシンクロニシティでした。私は手放すときに、ボーリングのように
一つに固まった感情や観念を、光に投げ込むイメージを最近しています。その前の段階の感情をキャッチする部分が
曖昧だったんで助かりました。
歌を聞きました。多くの人に見られてる動画ですね。まさに、あるがままでいいんだよ、ってことだと思うんですが、
私の生きてきた環境は、あるがままでダメなんだよ、って環境でした。
19:たまえ :

2012/08/11 (Sat) 23:38:18

よしださん

私もずっと「あるがままでダメなんだよ」と言われ続けていました。
でもある時気がついたんです。
他人が言ってくれてた「あるがままでダメなんだよ」を自分で受け入れて
そうして自分自身で「あるがままでダメなんだ」と思いこんでた事に気がついたの。
結局は自分が自分に「あるがままでダメなんだよ」と言い続けていたわけです。
誰かにそう言われたからではなく
自分が思い込んでた事ですから
思い込む事を自分で止めるしかないんだなと解りました。
「あるがままで良いんだよ」と知る事は
誰かに言ってもらう事ではなく
自分でそう思えるかどうかなんです。
誰かに言って貰って納得するなら
もうとっくによしださんは納得してるはずです。
なぜなら、こだまなくらしサークルはずっと言い続けています
「ありのままのあなたで良い」と。
私もずっと言い続けてるつもりです。
上手く表現出来てないかもしれませんが
私はよしださんはそのままで完璧だと思ってます。
でも「変わりたい」とおっしゃってるように思えたので
自分の体験を元に書いています。
私が正しいわけではありませんし間違ってるわけでもありません。
ただ
「私はこうしてきましたよ、参考になるなら受け取って下さい。
参考にならなかったらそのままスルーしてね」
という思いで書いています。
生きれるかどうかは状況とは何にも関係ないんです。
なので

>「あぁ、神は金が尽きたら俺に死んでいいとゴーサインを出したんですね」

とよしださん自身がそう答えを出したのなら
私を含め誰もその決定を覆せる者はおりません。
よしださんが神なのですから。
でもこの答えがよしださんにとって気分の良い答えなら
それはきっと良い方向なんでしょうね。
「ふっきれた」というのは手放せたという事ですから
「肉体への執着を手放せた」という事なのかな?
そだとしたら素晴らしいなぁ思いながら読ませて頂きました。
きっとよしださんらしい生き方が出来ますね^^
応援してます!


生活保護を受けるには条件を満たす方が受けれるしくみになってるんですね。
条件を満たせなかったなら生活保護を受けるのは難しいのか。。。
そうでしたか、よしださんの状況を詳しく知らない私が
国がお金のない人に保障してる制度だから
よしださんお金無いとおっしゃられてたので
生活保護受けれるのかなと勝手に想像してしまいました。
お金がなくても生活保護を受けるには厳しい条件をクリアしなきゃならないんですね。
それ聞いて私は悲しくなりました。
そして十分悲しんでから手放しました。
この悲しみはよしださんを哀れと思ってではありません。
自分を受け入れてもらえないという思い
そして自分のやりたい事を諦めろと言われ続けた時の事を思い出したからです。
それを感じている人がどんなに辛いかを知っているだけに胸が痛くなりました。
よしださんと同じ気持ちにはなれないけど
私も悲しみにくれてしまった事は事実なのでこうして書き留めておきます。
ですが私は悲しみは手放します。
この悲しみは私のものでして、よしださんがもたらしたものではありません。
そこは誤解しないで下さいね。
私はよしださんには感謝の気持ちしかありません。
自分の抱えてる「抵抗」に気づけました。
私も社会にまだ抵抗があったようです。
気がつけて良かった。。。
本当に有難う御座います!!

よしださんのあるがままで、よしださんが思う「幸せ」を
どうぞ堪能して下さい。
心の内を聞かせて下さった事に感謝します
本当に有難うです^^
20:白井亨 :

2012/08/12 (Sun) 03:02:21

よしださん

>歌を聞きました。多くの人に見られてる動画ですね。まさに、あるがままでいいんだよ、ってことだと思>うんですが、
>私の生きてきた環境は、あるがままでダメなんだよ、って環境でした。

この歌にキモはこうです。

「現実は無関係」
「だから大丈夫、ハッピーでいよう」

最悪と思えるどんな現実が展開したとしても、です。
ここ、かなりキモなんです。
自分の安全を現実に依拠している限り、これはとても無理に思えます。
でも実際の有り様はそうではない。

「現実には決まった意味などない」
「あるのは自分の判断だけ」
「そして自分が判断を下した現実がまた展開する」

バシャールがこんなことを言ってます。

Circumstances don't Matter
「状況が問題なのではない」
Only my state of Being Matters
「ただわたしのあり方だけが問題なのだ」

http://www.youtube.com/watch?v=aIiIpB6uSx4
http://www.youtube.com/watch?v=CX41zOQ6nE0&feature=relmfu

これはエンパワーメント(力を取り戻す)/センタリング(中心化)のアファメーションですが、
ただ「真実」を宣言しているだけなのです。

おお!確かにそうかもしれない!
・・・・・・・・しかし現実が気になるお・・・

そんなときこそその恐れを愛に還す/手放すのです。
すると徐々に「何となく現実がどうでも良くなってきたぞ?」
「何とかなるような気がしてきたぞ?」
みたいに気分が軽くなります。
この軽さが自分に帰ったことを意味し、ソースとの調和を意味します。
結果、現実と言う、自分からしか起こらない創造が転換し始めるのです。
現実を変えようとしている限り、相変わらず力は現実にあり続けます。
現実に隷属し続けます。
このスタンスをひっくり返す(元に戻す)わけです。

あともうひとつ、この観念をリリースしてください。

「働かざるもの、食うべからず」

真実は、働こうが働かなかろうが、食ってよし、です。

「働かざる者も食ってよし!」

「鳥たちを見るがよい、彼らは蒔くことも刈ることも、倉に納めることさえせざれども、
天の父は彼らを養い給えり」(マタイによる福音書6章)

これが生得権(生まれながらの権利)です。
21:よしだ :

2012/08/12 (Sun) 08:26:39

皆様レスありがとうございます。ほんと最近思いますが、私は最近出会う人たちが優しい方ばかりです。
7年前・・・いやつい最近の去年までは、その逆でした。これは明らかに自分の心の変化の結果だと思っています。
今まで地獄の使者のような人間ばかりに遭遇してきたので、優しい方々の無限愛のような器の大きさに
密かに驚いています。

昨日は毎週行っている水泳してきましたが、そこで1つ体験しました。体力の限界を越えてくると、
愛の歓喜のようなものが聞こえてきた、溢れてきたのです。それは心地よく、限界と思っていた
自分の世界とはまったく別の領域が広がっているような感じでした。怖くて、それ以上先には
いきませんでしたが、夢で見た心に響いた歌と似ていて、心地よい空間でした。なんていうか、
高い波動状態のようなものを感じ、自分もあんな感じで在れば、素晴らしいなぁと感じました。愛に溢れている。

>>たまえさん
そう、周りが原因ではなく、自分自身が選んでいたんですね。良い指摘をありがとうございます。確かに、
仮に良い学校環境であるがままでいいと教えられたとして、自分自身がそれを理解できたか?という視点で
考えたときに、疑問符でした。結局は自分の魂のレベルみたいなものが、そういう段階であったことに
変わりはなかったのではないかと。ただ、これからの子供たちは、今歪んだ学校システムが崩壊していっているように、
あるがままでいけない洗脳空間に毒されず、もっと良い教育を受けていけるんじゃないかと思っています。

私は生活保護について、悲しみより怒りの方が沸きますw いったい、何のための制度なのかと。茶番にしか見えませんでした。
しかし、その辺は白井さんへのレスで書きますが、分かってきたので問題ないです。

あと、この前書いたネガティブが無限エネルギーに消えていき、自分の空間が広がっていくような感じを昨日、人生で2度目の
体験をしました。ネガティブに浸りまくって、それを見つめていくうちに、なんというか、自分のなかに新たな自分が
人形のような形をして、ムクッと立ち上がって誕生していくような感じ。他人の価値観ではない、新しいものが自分のなかに
生まれたような感覚です。洗脳からの脱却と、新しい創造、という感じ。恐れが変容していく、とはこの事か、という感じです。
これも仮説でまだ自信はありませんが、合っているような気がしています。その状態になっていけば、何でも創造していける、
新しい生き方の始まり

>>白井さん
白井さんは本当に自分が今、モヤモヤしていることに対してダイレクトなヒントをくれる感じでありがたいです。
バシャールのその台詞、毎日のように念じていましたよw そして自分の希望を念じていました。でも、うまくいかずに
最近はやっていなかった。ここにきて解説していただいて、なるほどと分かりました。現実を真実にするかどうか、っていう
セリフは実は18年前の16歳の時に放映されていた新世紀エヴァンゲリオンですでにもらっていた言葉だったのです。でも、
気になるが理解できず今日まできましたが、やっと分かりました。人はリアルな現実を見て、それを価値基準にしてきたのですね。
バシャールの台詞を唱えていても、結局は現実ばかりに焦点を合わせていました。そして自分だけではなく皆がその
罠にハマっていたと。他人が実在するのかも、もはや疑っていますがw 現実の幻に惑わされず、ぜひ脱却していきたいです。
私が見ている雲黒斉という方のブログで、まさに働かざる者くっちゃってください、というテーマがあって、賢者テラという
方の記事になるんですが
http://blog.goo.ne.jp/namagusabose/e/5881232a0ccde75b3856a0d33cb8fa9c
http://s.ameblo.jp/eyeofgod/entry-11264814985.html
「マネーゲームから脱出の法」を既に知っていて、金からの脱却をずっと考えてきた訳ですが、私のなかにまだまだ、「働かなくても豊かに食べていける事に対する制限」があるんでしょうね。それを手放していくだけですね、ほんと。


22:よしだ :

2012/08/12 (Sun) 08:41:30

白井さんのレスを見て今気づきましたが、シンプルにわかりましました。私は人生とか現実は、外の世界があって、その次に自分があって、外の世界は決まりきっている、とずっと思ってきました。
でも実は、内の世界の反映にすぎないと。今まで信じてきた事と180度逆で、私はそれに対して恐れを抱いているとキャッチしました。だって、全てが崩壊し、新しい世界が始まっていくのだから、
怖いです。でも、同時にワクワクしています。本当に、それが真相だったのですね。そう確信がどんどん強くなってきました。「ば、バカな。。。すべてそうだったとは。」という思い。
でもいい加減、古い価値観にとどまっておらず、新しい価値観の世界へいきたいと思います。20年近くの苦悩があるから、ためらいはない。
23:たまえ :

2012/08/12 (Sun) 10:37:18

>>よしださん

高い波動状態のようなものを感じたんですね!!
良かった〜
それが本来のよしださんですよ^^
素晴らしい波動が伝わってきますよ!!
白井さんは本当に伝えるのが上手ですわ。

>「働かざる者も食ってよし!」

素敵なアドバイスを私も聞かせて貰えて嬉しいです^^

雲黒斉という方のブログ
つい先日私も読みました(笑)
白井さんから紹介されたんですよ〜
シンクロしてますね^^
わはははははは

ワクワクの冒険
一緒に楽しみましょう!!!
24:よしだ :

2012/08/13 (Mon) 05:15:31

昔、寄生獣って漫画が流行ったんですが、その作者の別の作品を見る機会があって
それはアリストテレスとかギリシャ時代あたりがテーマでした。7巻くらいまで
読みましたが、テーマは「人間の醜さと奴隷制度」だと感じました。

で、mp3で聞いたラムサの話を思い出した訳です。似たような状況でした。
思ったのは、やはり現代も形を変えた奴隷制度が存在しているということです。
私は特に目の前にする事が多い小売店で働いている人たちが、奴隷のように感じてきました。
その製品を作る過程に携わる場所は見えないところでやっているので、そこにも
奴隷制度のような環境が昨今、労働問題があるようにあるでしょう。私も
多少体験してきました。特に小売業で。それが2005年です。
大昔の奴隷制度よりかなりマシにせよ、形を変えているだけだな、と思いました。
便利に車に乗っていて、この便利な車も苦労して作った人たちがいるんだなと
思うと、あまり嬉しくないのです。そして、人間ってのは好き放題したい性質を持つ
人種がいつの時代もいて、それを達成するために歪んだ社会システムを構築するんだなと。
面と向かって奴隷と言えなくなったから、今のような状態を作り上げたのだと。

奴隷に甘んじる道、多くの人がただ与えられた価値観を元にそれを選んでいくだけな訳ですが、
ラムサやその漫画の主人公はそうではない道を選んでいったわけです。

私も昔から響いているのが、そういう違和感を感じる社会システムに組み込まれる事が嫌でしょうがありませんでした。
それでこの年まで、できるだけ粘って、あがいてきた訳ですが、別に実家に帰って親に頼れば
生きられるのですが、もうそういうのには飽きてしまって、それをするくらいなら最悪死んだ方がマシと思っているわけです。
私の定義する奴隷制度体験をしてウンザリして、しかし良い体験でもあった訳ですが、
この前書きました職場環境のような状態でなければ働く気が起きないわけです。

こうやって書くと、「なにを贅沢なことをいっているんだよ」というような事を言われそうだ、という
恐れを伴った予想がされ、そしてそういうホログラムがたまに呼び寄せられたりするもの、という感じでしょうが
それはさておき、偶然そういう漫画に出会ったのは意味のあることではないかと思いました。
ラムサは奴隷に違和感を感じて脱却していったように。

最近、農業生活に慣れてきて、週3で筋トレも2年くらい続けているんですが、自分でも恐ろしいくらいに
体力がついてきました。この無限エネルギーのような努力と頑張りを、自分自身のために使える農業は
幸せなことだと思っています。そして、そのエネルギーを奴隷制度で利用されるのが嫌でたまりませんでした。
システムは一方的に時給なるものを設定し、いくら頑張ろうが否応なしにそのエネルギーを利用していきます。
私が2005年に怒ったのは、それでした。そして農業をやってやはり自分の思いは正しかったと思いました。
人の頑張りを上記に述べた一部の人間が好き放題やる為のシステムのために吸いとることが許せません。
この時期に消費税増税というのが、その典型です。国の会計システムをきちんと開示せず、足りなくなったから増税。
こんなものに黙って従うだけなら、奴隷と変わりませんから。そういう奴隷根性に染まった人間が多く、
そういう価値観を一方的に押し付けられたのが特に小中学校です。そういうシステムに組み込むために今の教育システムは
存在してる。そして今、それが崩壊している事件が多発してる。


25:よしだ :

2012/08/13 (Mon) 05:28:30

その漫画で奴隷の台詞で、「奴隷に生まれたんだから仕方ない」という
のがありますが、私の場合は「セドナで解放して変えられなかったら、死ぬしかない」
という事なんです。別に死にたいわけではなく、ラムサのように脱却できなかったら、そうなるだけ。
できなかった場合の想定と覚悟をせず、ただスピリチュアルにはまりたくはなかったので。
私は一度きりの人生、スピリチュアルに真実があると確信しています。どんなにあがいても、
門が閉じていたら入れないように、2011年までは全くそういう視点が持てずに
現実に対して真正面からアプローチばかりしてました。だから、そういう視点にたどりつけた
事事態が本当に幸せなことだと思っています。この前、プールで別次元を体験できたし。
2005年なんてスピリチュアルをむしろバカにしていましたので。でも雲黒斉氏もそうですが、
最初そういう人って意外に多いですね。
26:たまえ :

2012/08/13 (Mon) 12:01:32

よしださん

思ってる事を沢山書いてくれて有難う御座います!
そうやって素直に感じる事を書く事が大事だと私も思います^^

よしださんは御自分の「抵抗」が以前よりずっと減ってるなと感じませんか?
私はよしださんの書いてくれる文章を毎回読ませて頂いてますが
書く度に色々な事を手放しているんだなと感じますし
「抵抗」を手放せている証拠が現れてるなぁと感じます^^
とても良い感じだと私は思います!!

書くとね、
自分がどう思っていたのか俯瞰出来るんだよね^^
私はそう思ってます。

書き終わった後に自分の書いた文章を読んだ事ありますか?
書いてる瞬間は確かに「今」なんだけど
書いたそばからもう「過去」になったいくんだよね。
書き終わった時はさ
「あ〜書けた!よし、今感じてる事がかけたぞ!」
と思うんだけど、改めて読むと
もうすでに過ぎ去った過去だったりする。
書く事で「抵抗」が手放せちゃって
書いた事と180度違う事思ってたりする事ない??
私はそんな事がしょっちゅうある(笑)
たった何時間、又は数分で書いてる事と180度変わってる^^;
だから私は書くのが苦手だった、以前は。
昔から「日記」を書いた事がなかった。
(夏休みの宿題は未提出or捏造して提出)
「日記」を書く意味が解らなかったの。
過去考えた事を読み返して何になるの??
何にも参考にならんじゃないか。
大事なのは「今」なんだから日記なんて意味不明。
日記を書く人の気がしれなかった。
そうそう、私って日記嫌い人間だったっけね〜
好きだった彼の日記を盗み読んでガッカリして別れた事あったわ。
(私の事を大して好きじゃない、というような事が日記に書かれてた 笑)
彼に
「今はそう思ってない」
と弁解されたけど私は許さなかったけ。
というか過去であっても私を大して好きでもなかったという事実が
書かれていた事がショックだったんだけどね(笑)
私は最初から大好きだったの。
だから実は片思いだったんだね、ショボ〜ン
みたいな思いで悲しくなったの(笑)
「過去思ってた事」より「今思ってる事」の方が大事だという事を
あの頃は理解出来なかったけど、今は解る。
確かに日記に書いてある事は「過去」でしかなく
「今」じゃないもんね。
今更だけど彼の言いたかった事は理解出来たよ^^;
教えてくれて有難う。
彼の肉体はもうこの世にないから直接伝える事は出来ないけど
きっと私の「ありがとう」は伝わってると信じる(笑)

でね
書く事が嫌いだった頃は
全然思ってもいない事(過去の思い)を他人に見せるのが
凄く嫌だった。
でも「過去」もその瞬間には「今」だったわけで
常に続く「今」しかない。
「今」から見たら「過去」であっても
その瞬間は「今」なんだから「今思う事」を書き留めておいて
書き終えた数秒後の「今」思ってる事と「違う」としてもそれはそれで良い。
「前に私はそう思っていた」
という事を残し、それを誰にでも見えるとこに公開する事は
あとから読んだ誰かや自分が
「抵抗」に気がつけたり、魂の響きとなったり
何かしら感じる事が出来る。
だから書いておく事には意味はなくても
意味があると感じる人には意味はあるんだよね。
だから「過ぎ去りし過去思った事」が「今思ってる事」と違っても
そんな事はどうでも良いんだなと思えたのです。
それに書いた事を読み直す事で自分の抵抗を見つけられる。
それであまり深く考えずに思った事を書けるようになりました。

よしださんは自分の考えてる事を素直に書いて
そしてそれを公開してくれている。
私はそれが出来るまでにはかなりの抵抗を手放し
やっと出来るようになったのです。
よしださんには簡単に出来る事なのかもしれませんが
私にはかなり難しい事でした。
よしださんの事、本当に凄いなと思ってるんです。
心から尊敬してます本当に。

そして
書いてくれたよしださんのレスも
過去のよしださんの思いであり「決定」。
よしださんが過去の「決定」をずっと「今」も決め続けてるのか
それとももう変化して別の事を「決定」してるのか
それは読み手の私には全く解らないのです。
ただ「よしださんの過去の一部」を読ませていただいてる
という感じです。

よしださんも昔書いた文章を読むと
「こんな事思ってたんだ!今と全然違う!」
と思う事ありませんかね?

よしださんが書いたレスは
「過去のよしださん」が書いたもの。
「過去のよしださん」なんて「今」居ないからね。
だから「今」のよしださんに向かって言いたい事はこれだけ。
「今、心は穏やかですか?」
深呼吸して頭では考えずに
ただ心地よさだけ感じて下さい。
そしてどうぞくつろいで^^

思っている事を書いてくれて有難う!
よしださんに感謝しています〜
27:こだま&サークル :

2012/08/13 (Mon) 17:38:29

よしださん、書き込みありがとうございます。
これが「ヒビいた」ので、貼らせてもらいます。
http://youtu.be/dZyMMLB06As
それから、レスは25件目からは省略されますので、
新しいスレッドを立ち上げていただいても良いです。

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