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★愛に還る(目覚める為の)「こだまなくらし」BBS★ サイト・動画・ブログを見て聞いてください 覚醒が目的のシェアリングの場です


イエスが示す道

1:こだま :

2012/11/05 (Mon) 09:38:02

ブログがずっとメンテナンス中なので
「イエスは語る」の「ハイヤーセルフについて」をサイトにアップして、文章ページも作りました
特に今回のは、カンタンなのですが深いなと感じて、私も何度でも聞き流しています。

これまで、皆さんに「感想を」と言って来ましたが、
あまり考えるのは「やめること」にはならないようなので、
「ひびき」を書いていただけたらいいナと思います。

そこで、まずは私がひびいたところ・・・
「ハイヤーセルフについて」

「独立宣言」を撤回
・・・これは、新たに言語化が来ました。
そういうことだったんだよな・・・と今更ですが思いました。

全同胞団との無限の関係
・・・スゴイな~、でもそうなんだろうなって腑に落ちました。

「最終的にあなたは、永遠とともに、
神の無限の自己表現をすべて内包するものに成るのだ
全同胞団、全スペースと完全に繋がって、
何もかもと親密なので、攻略したり獲得したり防御する必要さえもない」

・・・このコトバが響き、ビジョン化できそうで楽しみです。

「我に由(よ)らでは誰(たれ)にても父の 御許(みもと)にいたる者なし」
=「キリスト」を通してゆく道だけが唯一の道であり、
他には神のもとへと還る道はない・・・というイミ

・・・これが狭き門と言われてるのかな、
そこまでの「目覚め方」は多種多様で様々だろうけれど、
イエス様は「この方法しかない」とはっきりと言い切っていますね~

みなが自分の真実とするかどうかはそれぞれだと思いますが、
私にとっては、「いい感じ」でした。
そして、2000年そこに在ったのに、見えていなかった
けれど、はっきりと結論を提示されて、すっきり感満載でした。

そういうイミでも、今回のは多くの人に聞いてもらえたらと感じ、
動画も作りたくなって、YouTubeにアップしました。
ブログメンテナンスだったのも、なんかシンクロだと感じます。
みなさんも、「感想」と身構えず、「ここいい感じ」などと書いてくださいね。
2:ドキン :

2012/11/05 (Mon) 19:34:49

こんにちは。最近はひたすらイエスを聞き流しています。

その中で、どの音声ファイルかきちんと把握しておりませんが、
内容を要約してしまうと・・・


極限を知りたくて、極から極に移動したように見えていても、結局極がみえないではないか?

なぜならば、皆、無限の存在であるからだ。

無限の中の極を見たような気がしているだけで、その後ろに見えてくるのは、無限があればこその
有限の極であり、有限の極を感じようとして、その向こうに透けて見えてくるのは、やはり無限であった。

上記はあくまで、私の中の“響き”として感じたものを言語化しているので、
イエスの話しではこのような言い方ではありませんが、

(なるほど。無限を感じるための極とは、そういうことだった。これが極だと思っても、まだ先がある。
まだ先がある。まだ先がある。まだ先がある。
自分の知っている“極”など、たかが知れていたのだ。
無限の前の有限の極など、体験しようもなかったのだ。

そうして、無限に屈するしかないことを、思い知ればいいのだ。
思い知って、白旗を掲げ、無限に屈すればいいのだ)

・・・というのが、ようやく腑に落ちてきたところです。

いつも、素晴らしい音声ファイルの提供をありがとうございます。
お蔭様で、光を見失わないでいられるようになりました。

ありがとうございます。

3:たまえ :

2012/11/05 (Mon) 20:06:29


動画、やまびこくんのドアップがウケた(笑)
良かったです~


>そこまでの「目覚め方」は多種多様で様々だろうけれど、
>イエス様は「この方法しかない」とはっきりと言い切っていますね~

「目覚める」という意味が単に「自分は神だと知る」という事にとどまらず
「父の心となる事」だからじゃないでしょうか。

目覚めて無い人は他人を目覚めさせる事は出来ないですよね(笑)
だからガイドが一番良いのは納得。
「当たり前」ですよね。

エゴは目覚めに最後まで抵抗しますから確かに難しいと感じる人は居るかもしれません。
狭き門というより自己との対峙を止められない人が多いだけという気がします。
4:こだま :

2012/11/05 (Mon) 21:42:32

ドキンさん、すばらしい言語化ありがとうございます

>極限を知りたくて、極から極に移動したように見えていても、結局極がみえないではないか?
>なぜならば、皆、無限の存在であるからだ。
>自分の知っている“極”など、たかが知れていたのだ。
>無限の前の有限の極など、体験しようもなかったのだ。

>そうして、無限に屈するしかないことを、思い知ればいいのだ。
>思い知って、白旗を掲げ、無限に屈すればいいのだ

そうでしたね・・・一体何をやっていたのか
こんなにシンプルなことを落としこむために、有限の極をさ迷ったんですかね~

これ確か・・・夜、外に出て一番くらい空を見なさいって文章だったよね
私は、(その極の説明の前だったかな)
「体験において」の一文があった・・・それが印象に残っています。

「しかもその経験に於いて、あなたには一点の責任もない。」

言い切ってくれました・・・ありがとうって感じです。
夢にイミはない、責任もない、だが全ては自分だから自分がやったことが自分に還るだけ

そして・・・たまえさん書いてくれたみたいに
結局は・・・誰も・・・何も・・・邪魔するものなどいなかった
全ては・・・自分が塞き止め、自分が抵抗し・・・・自分が対峙していた
だから・・・ただ・・・やめるだけ

それを頭でわかるのではなく、体感できるまで落としこむ日々です。
みんなありがとう
5:ドキン :

2012/11/07 (Wed) 00:01:15

こだまさん

レス、ありがとうございます。

そう、「夜、外に出て一番暗い星を見なさい」って話の前でした。

【人の驚くべき実相】からでした。

聞いている時は、確かにその文字の感じもわかるのに、音声ファイルから離れると、
(あれ?なんて言ってたけっけ?)になってしまい、正確なところがうしなわれますが、
それよりも、自分の“響き”で受け取ったものを言語化するのがいいのかと思いました。



この【人の驚くべき実相】の中で、極を知ろうとしてきた事の話しが出てきました。

このくだりを聞いておりますと、出てきたイメージは、まるで空中ブランコに乗るように、
ゆれながら、極から極へと渡り歩き、時に【テーマパーク・この世】を後にして、
【一時休憩キャンプ地・あの世】で休息しては、またブランコに乗り続けた。

この空中ブランコのイメージと共に、こだまな暮らしの中だったかな?

(以下は私の印象の訳なので、正確には違った言い方でした)

修道尼のように貞淑な生活をする者の感情は、遊女として生きるものからはその制限された
感情は見えず、わからず。

遊女として生きるものの苦しみ、感情は修道尼として生きるものからは、実際に体験するまで
その悲しみはわからないのだ。


・・・というような表現がされていたのを思い出しました。

真逆であり、その極と極を実際に体験することを通じて、有限の先を見ようとしてきたのだ。

それは結局、とどのつまりは【無限】を知るためだった。

無限のなかの無限が見えず。

それゆえ、「嫌だ、父。僕は自分のやり方で、自分の無限を知るために、有限の極を見に行くんだ!」
そう言って、父の手を振り切って家出した、私。

そして、今、無限に屈し、最初の無限へ手を伸ばすのに、最も適した存在が【ガイド】である。
と、今回の音声ファイルが腑に落ちました。

ハイアーセルフを求める前に、まずは【ガイド】に導きを頼む。

それが、無限に屈する第一歩であったか。
そんなふうに感じた、今日でした。





6:こだま :

2012/11/07 (Wed) 13:40:27

ドキンさん、こんにちは
そうそう、これは確かラムサが言っていたんだよね

>修道尼のように貞淑な生活をする者の感情は、遊女として生きるものからはその制限された
>感情は見えず、わからず。

>遊女として生きるものの苦しみ、感情は修道尼として生きるものからは、実際に体験するまで
>その悲しみはわからないのだ。

ほんと、きっと・・・極悪人になったり、聖職者になったり、
だから、他の人の体験や経験をとやかくはいえないと感じる
・・・まあ、今になればだけど・・・ね、時々は言っちゃうけどさ

>自分の“響き”で受け取ったものを言語化するのがいいのかと思いました。

そうそう、正確な文よりも・・・その「感じ」が大切なんだと思う

>このくだりを聞いておりますと、出てきたイメージは、まるで空中ブランコに乗るように、
>ゆれながら、極から極へと渡り歩き、時に【テーマパーク・この世】を後にして、
>【一時休憩キャンプ地・あの世】で休息しては、またブランコに乗り続けた。

空中ブランコのたとえ・・・いいですね
ビジョンが浮かんで来ましたよ

>真逆であり、その極と極を実際に体験することを通じて、有限の先を見ようとしてきたのだ。
>それは結局、とどのつまりは【無限】を知るためだった。
>無限のなかの無限が見えず。

美しい言語化ですね
きっともうヒラメキが来ているんですよ。

>それゆえ、「嫌だ、父。僕は自分のやり方で、自分の無限を知るために、有限の極を見に行くんだ!」
>そう言って、父の手を振り切って家出した、私。

誰も彼もが・・・みんな家出人だった・・・
アセンションのオチとは・・・笑えるオチでした。

でも父は常にいた
それがすばらしいことだと感じます。
7:こだま :

2012/11/07 (Wed) 13:58:39

「ガイドからの導き」を受け取る為のアドバイス
わたしのひびき・・・

『コメディアンが・・・「夕べはよく眠れたかい?」と聞かれて、
無表情で、「私はどんな間違いも犯してはいないはずだ」
・・・なぁんて答えるのを見たことがあるだろうか?

だからさ、・・・あなたもそんな風に
「私はどんな間違いも犯してはいないはずだ」
・・・なぁんて深刻にならないことだ』

これ無表情で言って録音してみたんだけど、楽しかったよ
「私はどんな間違いも犯してはいないはずだ」
・・・って、これけっこうやっちゃってるんだな~と気付けました。

特に「イエス」と聞くと、「間違いがあってはならない」みたいな
あるいは、他の人からなんか言われるかもとか
あったナと気付けました。
だから・・・もう・・・それを超えます。

「だって、そう感じるんだもん」・・・くらいの無邪気さでいって、
採用・不採用はみんなが決めてね・・・って感じかな

だからこそ・・・今回ブログで書いたように
フィーリングこそ大切だとまた一歩理解できました。

『あなたが感じる、ある種の「フィーリング」こそが重要なんだ
それはきっと・・・あなたのハートの琴線に触れる
・・・「ひらめき」や「きらめき」のような
あなたにとっての「いい感じ」の「フィーリング」だろう』

これ全部は、原文にはなかったです。(一部だけ在り)
でもそう感じたから書きました。
そんなわけで・・・たまえさんが好きだって言ってくれた
・・・あれですよあれ

「評価や批判を手放し ただ味わって・・・
あなたのハートにヒビクものがあれば どうぞ受け取って・・・
そう感じられないのであれば どうぞ手放して・・・」

・・・そうまさに、これに始まりこれに終わる
そして
「リラックスして、楽しんで」
・・・そ・れ・だ・け
・・・てなかんじでした。

8:たまえ :

2012/11/07 (Wed) 14:23:06

>「評価や批判を手放し ただ味わって・・・
>あなたのハートにヒビクものがあれば どうぞ受け取って・・・
>そう感じられないのであれば どうぞ手放して・・・」

>・・・そうまさに、これに始まりこれに終わる
>そして
>「リラックスして、楽しんで」
>・・・そ・れ・だ・け
>・・・てなかんじでした。


おっしゃる通り!

そ・れ・だ・けですね

って先日話してたとこでしたよね(笑)

9:セドナ :

2012/11/08 (Thu) 12:12:04

ダンバインの歌がまさかそんな歌詞だったとは気づきませんでした。まぁ富野監督の作品は
ガンダムを中心として、そういった精神世界についての描写でしたからね。
そういう視点で見たり語る人は周りにあまりいませんでしたけれど。

あの人の作品は凡人というか、この世の物とは思えないような素晴らしい物ばかり。
実在せず幻想のように存在し、そういう形を通じて真実を伝えて来てくれてきたという感じです。

ただ、あの人の作品を見ただけでは、バイストンウェルならぬ本当の自分を取り戻すことは
できずに今日に至りましたが。

今は観念・感情の手放しによるリラックスへの移行に焦点を合わせています。リラックスしていけば
おのずと何か見えてくるでしょうから。
10:こだま :

2012/11/08 (Thu) 18:07:59

ダンバインの歌は、始まりのも音楽的に優れていますよね。
歌詞が深いし、音楽もこみ上げる勢いがあってスキで口ずさんでいます。
詩には確かに分離感が含まれますが、その分離の悲しみも感じます。

>今は観念・感情の手放しによるリラックスへの移行に焦点を合わせています。
>リラックスしていけばおのずと何か見えてくるでしょうから。

そうですね・・・きっと見えます。
誰もが自分で感じるしかないので、自分でやってみるしかないのですね。
11:こだま :

2012/11/11 (Sun) 07:51:47

カルマと「さようなら~」・・・私のヒビキ

『あなたという存在の全てと、あなたの意識的経験の全ては、
「いま瞬間」に生まれていて、
「いま瞬間」にのみ存在しているんだよ

これが、あなたが「いま瞬間」にいて、
リラックスしていることが、とても大切な理由なんだ』

この文章を見て、やっぱり・・・『リラックスして 楽しんで』・・・なんだな・・・と感じました。
そして、私たちは物質を見てますから、全ては固定化していると思っていますが
全ては・・・『いま瞬感』に生まれて『いま瞬感』にしか存在していないということを
フィーリングとして捉えてゆくようにとのことです。

また、今回、分離や時間の幻想についた書き加えましたが、
時間幻想の方では、「いまも幻想」というのもひびいてきました。
でも、書き加えが多くなるのと、話がどんどん膨らんでしまうので、
それは抜かしましたが、こだまなくらしの29章で触れられていた内容です。

29章・永遠の「いま」②タイムラグ・・・より
『「いま」というコトバは、「過去」と「未来」という相対するものが在るからこそ、
「いま」・・・と、コトバにすることが出来るのです。

しかし、もしもその相対する「過去」と「未来」が幻想であるならば、
「いま」もまた、本当は幻想だということになるのではないでしょうか?
ですから、「無時間」・・・というのが実在・実相に於ける真実に近いものであり、
本当は、「いま」という概念さえも無いのです。』

これもまた、フィーリングで捉えることでしょう。
要するに、何もない
・・・だからゼロになる・・・屈することだな
・・・という結論に、今回もまたなりますね。
12:セドナ :

2012/11/12 (Mon) 21:06:47

欠乏感を持つ自我をキャッチし、観察しまくって手放せました。気分がいいです。

今の疑問は、私はこの世界で何をすればいいのか、という点です。欠乏感は自我という
自分でないものと判明し消え去っていき、自分だと思っていたものがどんどん消えていき、

何のために生きているか分かりません。思うのは、私は本当の自分を100%体感して、
どんな状態にあろうとも幸福感を感じているような状態になりたい、というのは思いつきます。
それはイエスで語られている内に沈む、というものでもあるような気がしていますが、

まだそこまでいっておらず、たまに感じられる位の状態で、今の無職でやる事がない
状態が続いているのが、居心地が悪いです。かといって世間一般がそうだからという
理由で働きたくもなく。とりあえず、自我をどんどん手放せるようになってきたのは
非常に喜ばしい状態なんですが。
13:セドナ :

2012/11/12 (Mon) 21:26:49

書いた後に、自分が恐怖と思うことをリストアップして、それに飛び込んで観念浄化していけば
いいだけかなと気づきました。
14:こだま :

2012/11/13 (Tue) 11:03:36

セドナさん、書き込みありがとう
これに対するコトバが来ていますが、
量が多いので書くのに時間がかかります
多分ですがサイトにページを作ると思います
仕上がり次第お伝えしますので、お待ち下さい
15:セドナ :

2012/11/13 (Tue) 11:43:19

ありがとうございます。私も観念浄化のコツを掴んでかなり落ち着きましたので、
マイペースでやっていきます。

ちなみに、アンフィニの動画が最近アップされましたが、
http://www.youtube.com/watch?v=DMI2lsscmNI

彼女の言っている話は、観察者の視点だというのが分かるようになりました。そして
観察するだけに留まらず、創造者の視点の話に重点が置かれているな、と。

エックハルトとかは創造よりも自我観察による今ここの体感による喜びの点が
重点だなと思いますので。アンフィニの場合は、何かを創造する事に焦点がかなり
いっているなぁと改めて感じました。今ここに在れば、イエスがパンを手のひらから
出すようなことができなくても、それで満足なものだと思いますので、

やはりその辺が今の自分の疑問点ですね。
16:セドナ :

2012/11/14 (Wed) 12:08:11

http://www.heal-ciel.com/kansatsu.html

恐らく、自我・観念を1つ1つ消していくと、宇宙エネルギーが自分に流れてくるのを感じて、
それだけで心地よい様な状態になるのでしょう。それがないと、人は落ち着かず
外の世界に一喜一憂する訳ですが。

今の自分はまだ感じません。ただ、前より何もしていない時にザワザワするような
感じがかなり減りました。何もしていなくても、満たされている部分があるから、
そうなんだと思います。これが宇宙エネルギーなんだろうと。

多分レスター博士はそういう状態になって、思う事が自然と叶う様な状態になったんだと
思います。何かを引き寄せ・創造する者になりたくて、そうなったのではなく。

今ここ の心地よさとはそういう事なのでしょう。最近、時間の過ぎ方が変です。
やはり幻想か、と思うような感じで。

好き嫌い・時間は自我の作り出す幻想で、それを観察できるようになってきました。
17:セドナ :

2012/11/14 (Wed) 13:10:43

ブログ見ました。


。。。観察者に移行しつつある自分は、前よりもこだまさんの文章がよく分かるようになって
嬉しいです。前は本当に理解できなくて、しんどかったが、そのしんどさがありません。

そして、自分が抱いた疑問に対する答えもあって、脱帽しました。観察者になりつつも、
まだ何かを求めていた部分=自我。その当たりだなと。

だって、この世界は何かをしないといけないとか、色々言われてきて、そういう癖が
当たり前のようにあるのは、誰もが無理からぬ事だと思います。

最近気づいたんですが、涅槃仏というみたいですが、要するに悟れば何もする事がない
っていうのを象徴しているのかと思いました。いや、別にしてもいいんですが、
それにのめり込まず体験していく新しい形。

モーフィアスの扉の前までつれてきた、というのはいいセリフだと思いました。
あとは自分でやっていく・・・本当にそんな感じなのです。その前に、1つ良いコラムを
読めて、本当に良かったです。ありがとうございます。
18:セドナ :

2012/11/16 (Fri) 11:34:17

もう一人で全て解決していく時期なのかもしれませんのであれですが、

私は今まで、他人や社会の評価に一喜一憂して自分を定義し、疲れながら生きてきました。
もうそれをやめたいと思って、とことん自分を観察して、これからは他人の悪評に
面しても、観察者として見ていこうと思えるように自己受容がかなりできました。

自分で自分を否定し、そういう現実を創るなんて、馬鹿げてるんで、もう止めたくて仕方なかったので。

つまり、そういう観念でいわばネガティブな現実を無意識に創造し、そこで生きてきた訳ですが、
それが終わっていけばニュートラルになり、自分が好きな現実を創造していけると感じています。

私が今度どうしたらいいか、と迷いましたが、そういう事かなと。別に今までのように生きつつ、
他人に振り回されない観察者として徹するのも一つの生き方でしょうが、観念を手放していくと
おのずと自分が創造者という所に行きつくものだと思います。

しかし、マトリックスでネオが新しい世界に来た当初は体が動かず・・・って描写があったように、
まだそういった新しい生き方をどうしたらいいか、赤ん坊のような状態で戸惑っています。
まだ、観念が全部捨て切れていないせいもありますが。

まー気楽にやっていけばいいですかね。峠は越えた感がありますので。。
19:セドナ :

2012/11/16 (Fri) 12:16:26

この世界は強烈に、無条件に自己受容をさせない世の中がずっと続いてきたと思います。
その呪縛から逃れることは困難に思えるほどに。でも、この数年でそれが止められる
状況になった。今なら思い切って止められる、という感じ。

それで私もなんとか止める方向にもっていけました。たまえさんが、大丈夫って言ってくれても、
どう考えても自分は価値がなく、そんな風に思えない自分をずっと感じてきましたが。

スピリチュアルの先駆者たちが切り開いて流れを作ってくれたおかげで、自分もその流れに
乗れたのだと思います。先駆者は孤独で、くじけやすいですから自分には無理だった。でも
今はやれる。自己受容しちゃ駄目だという価値観がいまだに溢れている中で、なんとか
やめられた。清水の舞台から飛び降りるかのように、思い切った、という感じで。

その一歩を踏み出さないと、ほんと始まらないと感じてますので。
20:セドナ :

2012/11/16 (Fri) 12:23:42

思い返すと、子供という弱い状態の時に、嫌な思いをすると無力さを感じて、無知ゆえに
それを真実と採用し、それを大人になっても引きずってきただけだと。この幻想の世界は
あまりにも完璧に信じやすいように出来ているので、子供の頃の経験は真実と思いやすい。
トラウマみたいに、刻み込まれる。

そこから脱却していくのは、大変な作業でした。樹海に迷走するほどに。無意識の集合体の
衝動というか、それに流されやすく、そこから脱出するのは本当に大変。そしてまさに
マトリックスはそれをああいった形で露骨なほどに描写していた訳ですね。みんな、
「習慣」というロボットに接続されて眠っていると。。。そんな描写が既に1999年に
描写され、そっから13年経った今頃になって私はあの描写がハッキリと理解できるように
なりました。
21:こだま :

2012/11/16 (Fri) 22:06:20

>まー気楽にやっていけばいいですかね。

自分でわかっているみたいですが

来てるイメージは
リラックスして楽しんで・・・だそうですよ。

それと、こんかいのに書き足したのですが
アホになれ・・・ってこと
気楽になって鼻歌でも歌うことだよって・・・メッセージきてます。
また読んでください
22:セドナ :

2012/11/17 (Sat) 02:23:30

何度も読んでいます。今までで一番、心に響いた文章ですので。ブログのお勧めリンクに追加
するほど、素晴らしい指摘でした。それを100%採用できるかどうかはともかく、
なによりこだまさんの言っている事が理解できるのが嬉しいです。
前までは、ただ決定しろといわれてもできねーって状態でしたから。納得すると、その辺を突破していける。。
23:セドナ :

2012/11/17 (Sat) 03:44:10

こだまさんは放射能の恐怖すら乗り越える生き方を実践しており、
そういった真実をこれほど文章にして示せる人はなかなかおらず、
私も最近になってようやく、こだまさんの視点が心から分かるようになり、
教育の現場で本来こういった真実を教えてもらいたかったという思いがあるので、
こういう形で情報発信してくれた事に、改めて感謝します。
それがなかったら・・・と思うと、改めてありがたさが身に染みました。
24:セドナ :

2012/11/17 (Sat) 20:46:54

私はずっと孤独で正直辛いんですが、

その状態で天国である実相を見抜け、という事なんでしょうか。
25:こだま :

2012/11/18 (Sun) 07:38:54

「あなたがやることは、静かにし父(実相)に委ね続けることだ
そして・・・キリストガイドと交流し
共に「自己攻性防壁」(自我・エゴ)を見抜き 天国に気付くことだ」

ご質問の答はもう書いてあります。
今回ので、出しきった感があります。
だいぶたくさん出してもあります。

それを、ご自分で何度も読む、聞く、やる・・・か、
個人セッションを申し込んでいただくか、
お選びください・・・どうぞよろしくお願いします。
26:セドナ :

2012/11/18 (Sun) 07:50:33

書いたあとに、すぐそのような答えが来ました。。昨日は自分のガイドに何度も問いかけましたが、なんというか
すぐに成功しないけど、諦めずにやっていくしかないと思いました。

今まで本当にありがとうございました。いろんなものをここで知ることができました。

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